
懐かしの写真室第9回
さようなら羽幌線
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| 1987年3月羽幌線幌延駅にて「ぞーさん」撮影 | |
北海道を旅したときの写真から、私の思い出の廃止直前の羽幌線さようなら列車をご覧に入れたいと思います。
羽幌線は、留萌本線の留萌駅から宗谷本線の幌延駅まで日本海沿いを進む141.1キロの長大路線であった。
開通は、留萌駅側からは、1927(昭和2)年10月の留萌駅から大椴(おおとど)駅間14.3キロで、その後1928(昭和3)年10月には鬼鹿駅までの26.1キロ、1931(昭和6)年8月には古丹別駅までの41.7キロ、1932(昭和7)年9月には羽幌駅までの58.3キロ、1941(昭和16)年12月には築別駅までの65.0キロ、1957(昭和32)年11月には初山別駅までの79.5キロが開通した。
一方、幌延側からは、天塩線として1935(昭和10)年6月に幌延駅から天塩駅間18.9キロで、その後1936(昭和11)年10月には遠別駅までの37.8キロが開通した。
1958(昭和33)年10月18日に、羽幌線の初山別駅と天塩線の遠別駅間が開通したことにより、留萌駅から幌延駅間が全通し、全線を羽幌線と改称して石炭輸送と地元の足として大活躍した。
また、羽幌駅の一つ先の築別駅から延びていた羽幌炭礦鉄道は、家庭用炭として知られた「羽幌炭」の搬出に活躍し、炭鉱街の賑わいと豊かさを見せたが、閉山とともに人々はヤマを去り1970(昭和45)年には廃止された。
それにより利用者も減り、1987(昭和62)年3月29日全線廃止となりました。
廃止になる直前に、このさよなら列車に乗車したのですが、日本海のとても素晴らしい車窓風景が広がっていたが、乗客は少なかったと記憶している。